![]() ![]() 一代目悪魔くん 松下一郎 の人形。 深大寺の鬼太郎茶屋にて即買い。 意気揚々と右手を掲げてはいるが、その人差し指は折れている。 机から落として、折った。 僕の人差し指も曲がっているから、許して欲しい。 今日、衝撃的な出会いをしてしまった。 小学館の漫画雑誌 IKKIで連載している 「笠辺哲」 これまで 決して相交じることのなかったであろう、 水木しげる→つげ義春のラインと 手塚→藤子Fのラインが、ここに来てきれいに?一つの点を成している。 小学国語の教科書に載っていた 「おみやげ」の作者 星新一 風味に。 黒田硫黄ほどのアバンギャルドさはないが、その手法は過去をなぞりつつも確かに新しいという意味でのモダン。 日本の漫画の一つの答えではなかろうか。 黒田硫黄もそうだけど、IKKIとかBEAMばかりでこういう作家が連載しているのは 読者としては便利だけど、漫画が広く動く可能性を押し留めているという点で 残念であるなと思ったりする。 ハヤオ級だとかフジコ級だとか 結構何気なくそこら辺に居そうな気がするのに。 ![]() 水木しげるの描いてきた妖怪画のなかから京極夏彦がチョイスした 30点が ポストカード形式で収録されている。 昔からの友人にもらった。 一応ポストカードだけど、もったいなくて使えない。 改めて、画集として見返し気づいたのだが、 水木しげるは 風景としての木々や植物を描くことに非常に長けている と思う。 空を舞う枯葉のような、葉っぱとしての葉 を描くことが上手いというよりも、 それまでタダ佇み、これからも 姿形をゆっくりと変えながらも、タダ佇んでいくであろう、ただある風景としての 木々や植物を描くことに彼の真価があると感じるのだ。 それは 四季のある国に住んでいる僕達がつい 木々や植物のウツろいなどに抱いてしまいがちである「儚い自然」ではなく その反対側にある 正に「悠久としての自然」である。 彼は 畏れを抱いているのか、 一枚一枚の葉達を、 樹の幹の一本一本の木目を それらに対しての祈りを捧げながら 描き記しているように思えて仕方がないのだ。 そんなことを思った。 そして今日のブログは国語の説明文っぽいと思った。 ![]() ![]() 先週に引き続き 妖怪汁 第二弾。 その名も 「妖怪汁 其の二」 ライブの時に差し入れで頂きました。ありがとうございます。 第二弾は ダイダイはちみつ味で 味の予想がつきやすい。 頂いたその場で飲んだが、中身は どろっとしていて とても飲みやすかった。ネクターがよぎる。 其の一で シーサーが座っていた満月が ダイダイ に変わっており そのダイダイにはなぜか障子がついており、その内部でなぜか目玉親父がひとっ風呂浴びている。そして目玉を閉じている。 「チョ、最近こいつ鬼太郎のことばかりかいてる気がするチョ」 と思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、気のせいなんかではありません。 これからしばらくは、当ブログでは 僕が持つ水木しげる関連の品ばかりを載せていきます。期間限定で ぶろぐナントカ改め久富おどろ部屋 。。。。。安楽さんすんません。 |